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東京地方裁判所 昭和40年(ワ)4132号 判決

原告 豊栄信用組合

理由

(一)  まず原告は、訴外長谷川三治を被告の使者もしくは代理人として本件連帯保証契約が成立した旨主張するので、この点について判断する。

《証拠》を総合すると、訴外長谷川三治は柏楽器株式会社の代表取締役としてこれを主宰していたところ、同会社は昭和三八年一一月頃倒産したので、これに代り会社の業務を承継するため、カシワ楽器製造株式会社を設立したが、その際被告に依頼して名義上新会社の代表取締役になつて貰い自らは形式上従前の地位を退き新会社の役員とはならないで、実質的には従来どおり会社の業務を主宰することとし旧会社の営業を承継したこと、右倒産当時旧会社は原告に対し金四九三万円の賃金債務を負担していたが、訴外長谷川は新会社においてこれを引受けることを条件に、新会社とも取引を継続して貰うよう交渉した上、昭和三九年一月三〇日原告との間で、自ら新会社の代理人として旧会社の債務を引受ける旨の契約を結ぶとともに、被告の承諾を得ている旨告げて、右引受にかかる新会社の債務につき被告において連帯保証をする旨の契約を結んだことを認めることができる。

しかし、右連帯保証契約を結ぶにつき、当時長谷川において被告からその使者もしくは代理人としての権限を与えられていたとの点については、《証拠》中にこれに副う部分があるけれども、被告本人の供述に照らし措信し難く、他にこれを認めるに十分な証拠はない。

もつとも《証拠》によれば、被告は昭和三八年一二月中訴外長谷川の求めにより同人に対し、自己の印鑑証明書五通を預け、かつ一時その実印をも預けたことがあり、また前記昭和三八年一月三〇日以前に長谷川の求めに応じ、同人とともに株式会社静岡銀行池袋支店に赴き、同銀行に対する旧会社の債務を引受けた新会社の債務につき自ら連帯保証する旨の契約を結んだことを認めることができる。

しかし《証拠》によれば、被告は、長谷川から、新会社の代表取締役になつて貰えば被告が代表取締役をしている有限会社岡村製作所に対する旧会社の債務(金額三六〇万円)を返済できるようにするといわれ長谷川のいうままに新会社の代表取締役となり、前記のように静岡銀行に対する債務について連帯保証もしたが程なく、長谷川のいうままになつていると前記債権の回収ができないばかりでなく被告自ら新たな債務を負担し損失を増大する危険のあることを感ずるようになり、長谷川に対し、被告個人に関する契約をする場合は自ら直接にする旨告げて預けた実印を回収したこと、そして被告は昭和三八年一月三〇日頃には新会社のためその債務の保証をするような意思は全くなくなり、長谷川もこのことは十分に知つていたこと、そこで長谷川は前記連帯保証にあたり、市販の「岡村」なる認印を購入して原告組合に赴き、被告の承諾を得ている旨述べて原告組合の担当者を欺き契約を結び、擅に右認印を用いて被告名義の契約書を作成したことをそれぞれ認めることができる。

右事実によると、静岡銀行との間の連帯保証等の前判示の事実から、被告において本件連帯保証をも承諾し、これについて訴外長谷川に対し使者もしくは代理人としての権限を与えていたと推認することはできないといわなければならない。

そして他に上記認定を覆えすに足る証拠はない。

よつて、本件連帯保証が訴外長谷川を被告の使者もしくは代理人として有効に成立したとする原告の主張は採用できない。

(二)  そこで次に表見代理の主張について検討するに、訴外長谷川が原告主張の当時民法第一一〇条の表見代理の要件たる基本代理権を有していたとしても、以下に述べるように、原告において右長谷川に本件連帯保証につき被告を代理する権限があると信ずべき正当の理由があつたとはいえないと考えられる。

すなわち、《証拠》によれば、前述のように、訴外長谷川が本件連帯保証契約をした日には、被告の同行は勿論その実印もしくは委任状の交付も得られない状態であつたので、長谷川は市販の印章と被告の印鑑証明書を携え原告組合に赴いたこと、右印章は一見して市販のものと判るようなもので、原告組合の担当者もその印影が印鑑証明書と相違することを理由に一たんは契約の締結を拒んだが、長谷川は新会社による債務の引受及びこれに対する被告らの連帯保証の手続をした上早急に融資を受ける必要がある旨及び被告は群馬県下に居住し実印を直ちに持参できないが後日必ず持参する旨述べて同日中に契約するよう求めたので、原告組合の担当者は被告が長谷川とともに新会社の役員となつた者であるということを確かめただけで、それ以上に被告の意思を確かめる方法をとることもなく、通常の扱いになつている実印の押捺をも求めないでそのまま本件債務引受及び連帯保証契約を結んだことを認めることができる。

右に述べた事情殊に長谷川持参の印章が印鑑証明書と相違するに拘らず、なんら被告本人の意思を確かめる方法を講じないでそのまま契約を結んだ点を考えると、本件において民法一一〇条にいう代理権ありと信ずべき正当の理由があるとはいえず、原告の表見代理に関する主張は既にこの点において採用できない。

(三)進んで商法第二六六条の三に基く請求について判断する。

被告は、訴外長谷川の求めに応じ新会社の代表取締役となつたが、その営業の実際は長谷川との話合に基き専ら同訴外人においてこれを担当し、被告自らは殆んどこれに関与せず終始名義上の代表取締役の域を出なかつたことは既に述べたとおりである。

しかし、被告が新会社に出務せず訴外長谷川に会社業務の処理を委ねたことにより、会社に対し具体的にどのような資産の減少ないしは損失を被らしたかということについてはこれを認めるに足る格別の証拠がないばかりでなく、前掲証人長谷川三治及び被告本人の各供述によると、新会社の設立は、旧会社倒産の責任者たる訴外長谷川を形式上役員から除外し被告を代表者としてそのまま従前の営業を継続しようとする意図に出たものであり、旧会社の資産と別に新会社としての格別の資産が存したとも認め難く、本件債務引受の当時において既に原告に対し弁済をなしうる資力があつたかどうか甚だ疑わしく、被告がその職務を怠つたことによつて会社が損失を受け、これがため原告が債権の弁済を受けられなくなつたというような関係はこれを認めることができない。そして右の認定を左右するに足る格別の証拠はない。

そうすると、商法第二六六条の三の規定に基く原告の請求も上記の点において前提を欠くというべきであり、排斥を免れない。

(四)  以上述べたとおり原告の本訴請求は失当である。

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